大好きな背中って、時折殴りたくなりますよね。
それはこちらの気持ちをわかってもらえずにもどかしい時だったり。
それは嬉しいことを言ってもらえた時の照れ隠しだったり。
それは人としてやってはいけないことをやったことに対する憤りだったり。
それはひたすら目指す先を歩んでいる相手へ追いつけない焦りだったり。
それは、ただたんに、こっちを向いてほしい時だったり。
そうやって、言葉にできない感情や溢れ出してどうしようもない気持ちを殴って伝えようとしたら。そうやってせめてもの行動を起こしたら。世界がほんの少し変わる気がするのです。そして星がこぼれおちて流れ星になったら、その間に願いごとを三回唱えて、しかし、それでも相手がなんにも変らなくて。そしたら、もう一回殴って。
恋ってそんな繰り返しなのかもしれません。
何度も殴るのでなくて、ひとつ殴るというのに、奥ゆかしさを感じます。あるいは、そのひとつというのは、本気の一撃だったのでしょうか。相手が吹き飛ぶくらいのパンチをかまして、世界が揺れて星空がこぼれそうになったなら、相手が少し心配になります。
それから、殴ったほうが心配になるような読み方もできますね。星空がこぼれそうというのは、目から涙が零れ落ちそうになって。その涙に映って視界の隅に見えていた星空が、いっしょに落ちて消えてしまいそうになる。それで、星空といっしょにふたりの関係も本当に失くしてしまいそうになってしまう――これからまた逢う機会も、今までの思い出も、自分の気持ちでさえも。後ろを向いてそのまま立ち去ろうとする大好きな背中を、力と感情に任せて思いっきり殴ったら。途端に別れ話が現実味を帯びてきて、涙が溢れてくる。
それで星空がもし本当にこぼれてしまったら。この人は泣き崩れてしまうかもしれません。殴ってしまってから、そうして泣き出してしまうほんのわずかな隙間の、刹那の情景を詠み表すことができるのは、短歌の強みだと感じます。
奈月遥
主体と相手との距離感がいいなと思いました。「大好き」だから「ひとつ殴る」。その間には深い愛を感じます。
ただ、下の句はやや既視感があり、綺麗すぎる印象を受けました。
湊あかり
大好きな人の背中と補ってよむと意味は通じて、相手との関係性がやさしく伝わってきます。「今にもこぼれそうな星空」はちょっとありすぎな雰囲気です。
太田青磁
「ひとつ殴った」がいいですね。
星空もとい、今にもこぼれてしまいそうな思いを押しとどめてひとつ殴った。うむ。かわいらしいです。
塾カレー
我慢してなくて泣いちゃっていいんだよ、って切ない気持ちになりました。好きな歌ですが、「背中を殴る」から何回も殴ったという感覚にはならないので「ひとつ」は余計かなぁと思います。
遊糸
背中を殴ることと、こぼれそうな星空に因果をつけていることから、その背中がどんなに好きか伝わってきます。こぼれそうな星空を隠せるぐらい、あるいは星空をこぼすことができそうなくらい、大きく感じられる背中なのでしょう。
なぐって、さほど痛くないのに相手がふざけながら「うっ」って身をかがめたとき、向こう側にあった星空が大きく見えて「あ、こんなに大きいんだ」って改めて気づいたというシーンを想像しました。「大好きな」って頭で言ってるけど、自分が思ってるよりもっと大好きだったと気づく。かわいいです。
ゆら
夜道っぽい。殴ったほうは長い袖のニット着てそう、わからんけど。ふざけての「ばかやろ」みたいなアレかなと思いました。それまで背中っていうか相手ばっかみてたり話してたりしてたから、そこでやっと認識できたんかな。「ひとつ」ってぎゅっと狭めたような視点があるから対比みたくなって、「星空」で世界がすごく広がる感じがします、きれい。いいなあ
はだし