自分はかわいいのに恋は叶わないんですね。その開き直りというか、男って見る目ないわねぇ的な発想は素敵です。たくましく生きてください。
大木はち
いや、じぶんかわいさのあまり譲歩しきれずに、いつも恋がかなえられずに終わるさびしさ、を感じました。
なつお
何かしらワケがあって「かわいい」からこそ恋が叶えられないのだろうかと想像してしまいます。かわいいは褒め言葉だとは限らなかったり、外見でも内面でもかわいいからうまくいくわけではなかったり。
でも、どんなことがあっても、「私」はきちんと「私」自身の味方でいよう、反省しても悲しくても「私」を応援できるようにいよう、「かわいい」は悪くない、という希望も感じました。
不可思転
恋が終わるたび、そう思いますね。私が私を好きでいられればそれでいいやって。それでもまた恋をしてしまうのは、私を好きでいるということがとても難しいことだから。主体はいま「昔も今も私がかわいい」と意地を張っているのだと思いますが、その気持ちがまた揺らぐときが、その気持ちを揺るがす恋が、すぐにやってきそうな予感がします。
レオ
学生のとき、「私は私が大好きで私自身と付き合いたい!」と友達がいっていて、みんな笑いつつ結構受け入れてたことを思い出しました。心の葛藤がありながらたくましく成長していく女の子を思いました。
気球
「叶えられない」恋ですから、自分ではどうにもできない恋なのでしょうか。相手に好きな人や配偶者がいる等、難しい恋なのかもしれません。
結句の「私がかわいい」は、自分が傷つきたくなくて、あと一歩踏み出せないような様子ととりました。字余りであり、少し音がつまづく印象があるので、もう少し推敲の余地があると思います。
湊あかり
自分かわいさのあまり、相手のすべてを受け入れられなかったということでしょうか。恋が叶わなくても自分は変わらないという矜持なのかもしれませんね。
太田青磁
もしかすると主体の恋の相手は自分自身でしょうか。だとしたら面白い発想だし、幸せな人だなって思います。
遊糸
無私の奉仕というか、過剰な献身が必要になる恋だったのかなと思いました(相手本人が求めてくるだけではなく、相手の環境が)。
自分を捨てて相手のものになるか、自分自身で在り続けるか悩んで、結局自分らしさを取った。今も自分が可愛いので、それを悔いているのではなく、開き直って明るく認めている前向きさがあります。
ごろー