月の歌会



連歌の花道

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    今世紀最後の恋と知っているシーラカンスは涙を泳ぐ

    大木はちさん&404notF0816さん

    寺山修司の涙は人間のつくることができるいちばん小さな海ですという言葉を思い出しました。永遠に忘れることのできない恋、変わることのない想いの象徴としてのシーラカンス。きれいにまとまりつつ、泳ぐで終わっているところすっと気持ちが抜けるような印象になり、悲しくなりすぎなくていいと思います。

    南瑠夏

    今世紀最後の、シーラカンスといった強烈な印象を残す言葉が自然に入っていて惹きつけられました。逆に、恋や涙といったわかりやすい言葉も入っているので、歌全体が意味不明になってしまうことを防ぎバランスがとれているようです。ひとつだけ気になったのは、知っているシーラカンスなのか、知っている/シーラカンスなのかがわかりにくいことです。
    紫村かすみ

    「今世紀最後」「シーラカンス」と強い言葉が2つありますが、内容的にうまくつないでいて、共感が持てました。前の方が書かれていますが、区切れが動詞2つでしたら気になります。
    紫苑

    「今世紀最後」「涙を泳ぐ」と思い切った表現がいいですね。今世紀はまだ80年以上続くのにいいのかとも思いましたが、今日という時間の切り取り方が多い中、今世紀という時間軸を選んだ視点が面白いです。作中主体は自分なのかシーラカンスなのかがまぎれないといいなと思います。
    太田青磁

    「涙を泳ぐ」はあまりにも分かりやすすぎる比喩ですし、格助詞は「は」で良いのかというところも気になるところではあります。切れ目が分かりにくいので、上の句が主体のことを言っているのか、それともシーラカンスのことを言っているのか、判断に困るのですが、どちらにしても、「積年の成就しない片思い」という感じの切なさがあり、票を入れました。切ないものに目がないのです。
    龍翔

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