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「今すぐに飛んで行くよ」気のいい返事です。お歌に漂う雰囲気やニュアンスからすると、この「君」は普段からけっこうな頻度で言っているのかもしれません。 「逢いたいの」「今すぐに飛んで行くよ」なんて、調子のいい。いつもなら、それですぐに家を出て、電車に乗って、走ってきてくれることが、すごく嬉しい。普段から、こんな嫌味たらしくこれだけ遅れているぞなんて、突き付けているのではないと思います。「飛んで行く『よ』」だなんて、なんとも気安い関係ではないですか。そんなにいちいち突き付けられていたら、「今すぐに」なんて簡単には言えなくなります。 でも、どんなに懸命な姿を見ても、はがゆく感じてしまう時も、あります。大きな失敗をした時。大切な人を失った時。目指していた夢が断たれた時。目の前が真っ暗になって、絶望にさらされて、自分ではどうしようも出来ない時。 そんな時は、自分への無力感ばかりがあって、自分ではもうなにも変えられないと感じてしまって。「君」はそんな感情を感じ取って、一刻も早く慰めようと、励まそうと、いつもよりよほど本気で「今すぐに」と言ったはずです。辿り着くまでの時間も、きっと普段よりずっと短かったでしょう。 でも、「今すぐじゃなかった」と。そんな言葉だけを弄んで。明らかに無理なこと、言葉の綾を字面通りに扱って、「嘘つき」だと突き付けて。そうやって当たり散らすことで、なんとか自分を保とうとする弱い自分。でもそんな弱い自分を正当化しないと、どうしようもなくて。そもそも、どうしようもなくてと考える暇もないくらいに、必死に自己防衛に走ってしまって。 けれど、そうやって理不尽な怒りをぶつけられるのは、甘えられるから。それは信頼の裏返し。自分でも抑えきれなくて、抱え込んだら潰れてしまいそうな感情を、受け止めてくれると、どこかで信じているから。耐えきれないものが起きた時、人は本当に心から信じている人に連絡をするのでしょう。 四十二分五秒、という時間は、なかなか読み深めるのが難しいです。電車、車、どちらで考えてもそこそこの距離があるようです。五秒とまで細かく突き付けるのは、相手の言い訳を許さないように、きっちりと出したのでしょうか。でも逆に、それだけの時間がかかる距離をためらいなくすぐにやってくる人に誠意を感じます。この時間だと、なんの準備もしないですぐさまやってきたのではないでしょうか。 上の句を「君。」と区切り、下の句も「遅れだ。」と言い切っているところに、相手へ直に突き付けている様子が思い浮かびます。しかし、「今すぐに飛んで行くよ」とそれ以降で口調の堅さが違うのは、その部分が挿入分として読むとしても気になるところ。現実とお歌との間に、綺麗に整えようという隔離が感じられます。 奈月遥
リズムが良くて覚えてしまいました。互いの家の距離を詠んだのだととらえました。今すぐって言ったのに!長い!いや計ってたのかよ!比喩に決まってんだろドラえもんじゃねえんだから!みたいなやり取りを思い浮かべてほっこりしてしまいました。一読して迷いなく花をつけた歌です。 小早川
「今すぐ」と言われてすぐにストップウォッチをカチリと押して計測したのでしょうか。二人の距離が具体的な数字で表現されたことで移動している情景まで見えてくるようです。 この歌は口語体で句点も付けずに詠んだ方がスピード感が出ると思います。敢えて句点を用いることで、心の距離を表現したのでしょうか。 杏
今すぐって言ってたのに!遅い!という歌でしょうか。手厳しいな笑 実際にはどうしても物理的な距離がありますから、今すぐに飛んでいくのは人間には難しい。でも、「君」は「君」なりに急いで来てくれたと思えば、遅いといいながらも本当は嬉しくて許してしまうという歌かもしれません。 逆に、本当は5分でこれるところなのに42分5秒も、という意味であれば、心の距離が見えるようですね。無理なら明日とかにすればいいのに、「今すぐに飛んでいくよ」と甘いことを言っているのに来ないと言うところがまたリアルで悲しいです。 亜梨
今は四十二分五秒前にあるのでしょうか。読点が事実を黙々と告げられているようです。細かい数字が音をたくさん使っているのですが、長い時間なのか短い時間なののかがつかめず、うまく読めませんでした。
太田青磁
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