月の歌会



連歌の花道

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    よそゆきの街に変わるね踏切も坂道も今このさよならで

    千原こはぎさん&河嶌レイさん

    情景が浮かび上がってきて切なさを感じさせられました。
    よそゆきの街にも坂道も踏切も共感してしまいました
    薫智大介

    別れによってその街が身近な存在ではなくなるということは良くわかるのですが、「変わるね」という語りかけから主体一人にとって「よそゆきの街」になるのではないようです。二人でよく訪れた街で別れるということでしょうか。その辺りの物語はもう少しヒントがあっても良かったかもしれません。「よそゆき」の街というところにそのヒントがあるのでしょうか。
    泳二

    住み慣れた街を離れる若者の歌と読みました。当たり前のようにしてそこにあった日常が非日常になって行く、その気持ちは慣れ親しんだものを手放す寂しさにどこか似ているような気がします。「踏み切り」「坂道」といったワードによってそういった感情がより情景を伴って想起させられました。
    ただ、他の方もおっしゃられているように、主体の語りかけの対象がどこにあるのかもう少し詳細に描いた方がより魅力的になったかなと思います。
    坂本 樹

    さよならの前までは、「あなたの街」が「わたしの街」でもあり、この瞬間によそゆきに装いに変わって見えるという意識の変化がビビッドに伝わってきます。踏切に遮断されてしまった想いを、坂道にこれからひとりで過ごしていかなければという想いも感じられて、名詞の選び方も巧みだなと感じました。切なさが流れてしまう印象もあるのでしょうが、「今」というテーマの捉え方も自然で印象に残りました。
    太田青磁

    春は門出の季節です。
    そういう「今」も意識しつつ詠まれたのでしょう。
    よそゆきの街に変わる、というのがどこまでも辛い表現ですね。
    いつもそこにあった日常、というものが今度から非日常になってしまうのですから。今までの日常をはっきり意識させることで、より下の句の「今このさよならで」がくっきりとしていると思いました。
    塾カレー

    踏切、坂道のチョイスが「通いなれた道」のイメージを思わせます。自分自身の地元ではない、学生生活を送った街とか、恋人の住んでいる街とかでの。さよならによって自分との関わりは急になくなってしまうであろう街に、自身の一つの時代の終わりも感じているような寂しさと新たな決意みたいなものも感じます。素直に詠んでいる感じが好きです。
    ヒヨワくん

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