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7月の季語に「夕焼」がありますが、そこから「夕日」を連想したのでしょうか。 日はまた昇る。誰もがそう認識しています。ですが言われてみれば、何故夕日が人の物悲しさを誘うことがあるのでしょうか。世界を照らす太陽との別れが惜しいのでしょうか。悲しみや寂しさは「ブルー」と表現されることが多いですが、夕日の赤さも悲しみなどを連想します。不思議です。 この上句は主体と一緒にいる誰かと推測します。この「誰か」は何か悲しくなるような事情を抱えているのか、はたまた。これは下句次第ですね。 悠
見直してみたら上の文章が一部変でした。「主体と一緒にいる誰かが発した言葉と推測します」とした方が良いですね。 少年少女が2人、誰もいない公園か通学路で、遊具に腰かけてあるいは立ち止まって、静かに夕日を眺めている光景が思い浮かびました。 悠
シンプルな言葉なのに哲学的。 もしも強いこだわりがなければ、一句二句の語順は「夕日ってまた昇るのに」のほうが読みやすいと思いました。 管理人
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