月の歌会



連歌の花道

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    どこかには〈きみのせかい〉と書いてある新宿駅の無数の出口

    秋山生糸さん&中牧正太さん

    新宿駅って迷路みたいにたくさん出口がありますよね。どこで待ち合わせているのでしょうか。アルタ前?ミロード?「きみ」に会える待ち遠しさが伝わってきます。

    新宿駅西口コインロッカーの中のひとつは海の音する (山田富士郎『アビー・ロードを夢みて』)を思いだします。都会の幻想。
    村田馨

    最初に読んだときは、新宿駅とは比喩で、どこかに自分の行くべき道がきっとあるという主体から「きみ」へのエールなのかと考えました。けれど他の方の評を見て、〈きみのせかい〉へと行くのは主体の方だという捉え方にも気付きました。おそらくそちらの方が正解ですね。その場合、〈きみとのせかい〉ではなくあくまで〈きみのせかい〉なのが読むときのポイントになるのかなと思いました。二人で待ち合わせて会うというよりは、主体が相手の住んでいる町にお邪魔するような感じでしょうか。主体と「きみ」は恋人同士だと思うのですが、自分の世界と相手の世界は別物なのだというニュアンスも感じられ、主体と「きみ」の間に若干距離感が生じてしまうようにも思います。
    多田なの

    〈きみのせかい〉に生きたいという願いと、それは叶わないという思いが感じられます。「きみ」も詠み手も新宿駅の利用者で、そこに行けば「きみ」の欠片を見つけられるのだと思いました。「きみ」と詠み手は恋人同士だとおもったのですが、きっと別々の道を歩むのだと解釈しました。

    村上ゆひら

    新宿駅は、俗にダンジョンとも言われるように、複雑な構造を持っている。その中に非現実的な世界があるという幻想性と、「きみ」のための世界があって、君は受け入れられてるんだという優しさがこの歌の美点だと思う。しかし、「〈きみのせかい〉」と書いてあるのでは誰の世界なのかわからないのではないか。(固有名詞)の世界となる筈ではないのか。
    菊池あき

    新宿駅の出口は迷いますよね。路線や目的地によって使う出口を分けたりしているのですが、出口ごとに、世界が変わる感じはおもしろい着想だなと感じました。〈 〉は工夫された表記なのでしょうが、きみのせかい、はやや既視感のある表現だと思います。
    太田青磁

    新宿という大きな駅の持つ幻想感や途方の無さが巧く詠まれていると思います。ただ、〈きみのせかい〉という表現が、良くも悪くもこの歌の核になっているのでしょうが、かな書きであることを含めて、もうひとつ力を持ち得ていない気がしました。初句も、おなじようにひらかなであることで、余計に歌のイメージを希薄なものにしてしまっているように感じます。
    雀來豆

    「きみのせかい」について、主体の「せかい」もあれば、主体が思う誰かの「せかい」もある、無数の誰かのための「きみのせかい」がある、というように解釈致しました。賛否両論あるようですが、私個人としてはかな文字が今まさに誰かのために作られていく世界を示しているようで好きです。上京して初めて新宿駅を訪れたときの、不安と高揚感の混ざった心地を思い出しました。
    ルオ

    ドラクエ感。個人的には東口のアルタ前のあたりがワクワクします。「きみのせかい」は南口かな。何があるのか探したくなるあの感じが。なんて考えるのが楽しいあの歌です。
    小早川

    初めて新宿駅に行ったとき「なんだこのダンジョン…?!」と思った記憶があります。無数にある出口はそれぞれどこかの「場所」に繋がっているのに、駅の入り組んだ構造や人の多さが行く手を阻む障害物のように感じられて。でも「出口」は障害物を乗り越えた先の「光」のように見えたので、私は上京してきた人を応援する歌に感じました。「きみのせかい」はその人自身の「夢」に思えました。
    オリー

    新宿駅とえいばダンジョン、にしても実際にはどの出口から出ても新宿界隈なわかですが、ひとつぐらいその人にしかたどり着けない出口があるのかもしれない。新宿という場所もこれから未知の世界に踏み出すイメージがあり希望を感じさせます。
    泳二

    新宿駅に行ったことのある人ならだれもが光景を思い浮かべられるのではないでしょうか。
    複雑な構造をした駅の中でもみくちゃにされながら歩いていると、「きみのせかい」への入り口もどこかに開いているのではないかとつい想像してしまう、という心境を詠んだ一首だと思いました。
    なので、「きみ」とは主体のことで、ゲームの主人公さながら込み入った場所にいる主体に対し何者か(プログラム?)が呼び掛けているような「きみ」ではないかと思いました。
    また、新宿駅に行き交う人々が皆それぞれに自分の世界を持っているということの暗示として読めば、希望と寂しさが両方感じられます。
    木村友

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